東京高等裁判所 昭和31年(お)2号 決定 1967年6月07日
請求人 竹内景助
決 定 <請求人氏名略>
右の者に対する電車顛覆致死被告事件の確定有罪判決にかかる再審請求事件について、昭和四二年一月一八日再審請求人が死亡したので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
この再審請求事件の手続は、昭和四二年一月一八日再審請求人竹内景助の死亡により終了した。
理由
本件記録(竹内景助外九名に対する電車顛覆致死、石川政信外一名に対する偽証各被告事件の確定記録を含む。)によると、電車顛覆致死被告事件について有罪の確定判決(昭和二五年八月一一日東京地方裁判所において無期懲役の有罪判決、昭和二六年三月三〇日東京高等裁判所において、原判決を破棄し、死刑の有罪判決、昭和三〇年六月二二日最高裁判所において上告棄却の判決、同年一二月二三日同裁判所において判決訂正申立棄却決定)を受けた竹内景助は、昭和三一年二月三日東京高等裁判所に対して再審の請求をし、その後請求人本人ならびにその選任にかかる小沢茂外二一名の弁護人より再審申立理由補充書が提出され、当裁判所において審理中のところ、竹内景助は、昭和四二年一月一八日東京拘置所において死亡したことが明らかである。
そこで、再審請求に対する裁判(請求棄却、再審開始決定等)前における右竹内景助の死亡が本件にどのような影響を及ぼすものであるかを考えてみなければならない。この点についてまず注意しなければならないことは、本件においては有罪の言渡しを受けた者が再審の請求をした者とたまたま同一人であるため、とかく問題の所在が明瞭を欠くきらいのあることである。しかし、本件において解明しなければならない事柄の本質は、再審請求者が何人であるかを問わず、再審請求に対する裁判前その死亡したばあいに当該再審請求事件をどのように処理すべきかの点にあると考える。この点について小沢茂ほか三名の弁護人は、「再審請求は、適式な手続をふんでなされた以上、それ自体、法的に完結した行為であつて、請求者の取下がない限り、その後に生じたいかなる事態によつても、その効力を左右されるいわれはない。それは、裁判所に原確定判決の誤りを再審させる契機を提供するにすぎないのであつて、請求手続の存続という概念はあり得ないし、請求者の生存が請求を適法ならしめる条件という論理も成立の余地がない。このことは、親告罪の告訴が、犯罪捜査の端緒となるとともに捜査および公訴提起の条件とされているがいつたん適式な告訴がなされた以上、告訴人が死亡しても、捜査および公訴提起の効力に影響を及ぼすことがないのと選ぶところがない。」との意見を表明している。しかし、おもうに、再審請求に対する裁判前の手続は、いうまでもなく再審の請求によつて必然的に始められ、もつぱらその請求の当否を決するために行われ、そして、その決定もまたあくまでも当該請求自体に対してなされるのである。したがつて、再審開始決定のなされるまでの間におけるその手続の基本的な性格は裁判所対再審請求者の関係であり、再審の請求について決定するばあいには必ず請求をした者の意見を聴かなければならないし(規二八六条)、また、その決定は、一般原則により裁判書の謄本を再審請求者に送達し、これを告知することによつてその効力を生ずるものと解せられているのであつて、この手続段階における請求者の存在は欠くことのできない要素であるといわなければならない(この意味において右の手続は、いわゆる付審判請求の手続と類似した性格をもつものといえるであろう。)、このように再審請求に対する裁判前の手続においては、再審請求者の存在が重要なものであるから、その死亡によつて手続は本質的な形を失い、ひいて当該請求事件は実質上終了せざるを得ないものと考える。とはいえ、もとよりこのことは、検察官以外の者が再審の請求をしたばあいに限るのであって、検察官が再審の請求をしたばあいにはその検察官個人としての個性は初から問題にならないのであるから、たとえ当該検察官がみずからのした再審請求に対する裁判前に死亡するようなことがあつても、それは当該再審請求事件に対して何らの影響を及ぼすものではないのである。なお、親告罪につきいつたん適式な告訴がなされた以上、その後その告訴人が死亡しても、捜査および公訴提起の効力に影響を及ぼすものでないことは所論のとおりであるし、また、「犯罪により害を被つた者は告訴することができる。」(法二三〇条)、「被害者の法定代理人は独立して告訴をすることができる。」(法二三一条一項)、「被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族、兄弟姉妹は-被害者の明示した意思に反しない限り-告訴をすることができる。」(法二三一条二項)などという告訴権者に関する一連の規定は、再審請求権者についての法四三九条一項の規定と一見やや類似している点もあるが、所論もいうように告訴は、元来一般的には捜査の端緒であつて、ただ親告罪にあつてはそれが公訴提起の条件であり、かつ訴訟条件とされているにすぎないのであつてこのばあいでもいつたん告訴があれば爾後捜査官は、一般事件と同様犯罪そのものの嫌疑をたどつて捜査の手続を進捗していき、かつこれを終結するのであるから、その捜査手続の構造上告訴人は告訴人自体としてもはや格別本質的な重要性をもたないし、また、その終結処分ももつぱら犯罪の嫌疑の有無によつてきめられるのであつて、告訴権者のした告訴の当否を判断しようとするものではないのである。ただ、検察官は、告訴、告発、請求のあつた事件について、起訴、不起訴、公訴の取消、他管送致の処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人、請求人に通知することを要し(注二六〇条)、とくに不起訴処分については、これらの者の請求があればその理由をも告げなければならないが(法二六一条)、これはもとよりこれらの処分の効力発生の要件でもないし、また、別段親告罪だけに限つたことでもないのである。したがつて、本件の問題を考察するに再審請求と親告罪の告訴とを同列視するのは当を得たものとは思われない。
次に、刑訴法四五一条二項の適用は、再審開始決定の確定した事件だけに限られず、その確定前の事件にも及ぶとの類推解釈をする余地があるかどうかの問題を検討しておかなければならない。再審請求に対する裁判前の手続がもつぱらその請求の当否を決するためのものであり、裁判所対請求者の関係であるから請求者の存在がその重要な要素であることは前述のとおりであるが、再審開始の決定が確定した事件については、刑訴法四四九条により下級審で再審の判決があつたことを理由として再審の請求を棄却すべきばあいを除き、その審級に従いさらに審判をしなければならないのであつて(法四五一条一項)、その手続は差戻しのばあいに準ずるものと解せられるのである。したがつて、再審開始決定後におけるこの再審の審判は、事件について全く新たな審判をする手続であつて、原確定判決の当否を審査するものでもないし、また、再審請求そのものの当否を決するものでもない。したがつて、審理の結果原判決と同一の結論に到達したばあいでも、事件について改めて判決をするのである。つまり、すでに再審開始請求理由ありとして請求の当否に関する審査の手続を終つたこの段階においては、事件そのものについて再度審判するため検察官と有罪の言渡しを受けた者とが通常の事件と同様当事者として相対立し、これに裁判所が関与するという基本的構造をとることになるから、そこでは、もはや、請求者としての個性は問題とならなくなる。そして、元来法四五一条の規定は、旧法五一一条、五一二条に対応するものであるが、旧法は、再審開始決定が確定した事件については、それぞれの審級にしたがつて審判しなければならないという五一一条の規定の次に五一二条一項を置いて、死亡者又は回復の見込みのない心神喪失者の利益のために再審の請求をした事件については、公判をひらかないで検察官および弁護人の意見を聴いて判決をしなければならないと規定し、さらに同条二項において、有罪の言渡しを受けた者の利益のために再審の請求をした事件について、再審の判決をする前に有罪判決の言渡しを受けた者が死亡又は心神喪失の状態に陥つて回復の見込みがなくなつたばあいにおいても同様公判をひらかず、ただ単に検察官および弁護人の意見を聴いて判決をしなければならないというように規定し、しかもこれらの規定によつてした判決に対しては上訴を許さなかつたのであるが、現行法はこれを改正してこのばあいやはり公判をひらくという建て前をとり、そして上訴を許さないという規定を削除したものであることは周知のとおりであるが、そのような沿革からいつても、また、規定そのものの内容からみても、法四五一条は、全体として、再審開始決定後おける審判に関する規定であり、とくに同条二項二号は、事件そのものについての再度の審判手続における前述のような基本的構造を前提としつつ、しかも再審制度の特殊性に鑑み、一方の当事者である有罪の言渡しを受けた者が再審の判決がある前に死亡し、又は心神喪失の状態に陥りその回復の見込がないときに関する特則を規定したものであつて、もともと再審請求者の死亡したばあいに関する規定ではないのであるから、本件のようにたまたま再審請求者が有罪の言渡しを受けた者と一致するばあいであつても、再審の請求に対する裁判前の手続における請求者の死亡という事態にまで同条項を類推適用することは、論理上できないものと解せざるを得ない。なお、この点に関連して、稀な例ではあろうが、再審開始決定前に有罪の言渡しを受けた者が死亡したが、別に再審請求をした者が存在しているばあい(たとえば、有罪の確定裁判を受けた未成年者の親権者が刑訴法四三九条一項三号により、また、有罪の確定裁判を受けた者が禁治産の宣告を受け、その後、後見人であるその配偶者が右条項により、それぞれ再審の請求をしたところ、その再審請求に対する裁判前それらの本人が死亡したばあい)はどうなるかという点を一応考えてみると、このばあいには、右請求者らの先にした再審請求はそのまま同条同項四号による請求に転換されたものとみてさしつかえないと思うのであるが(いずれのばあいにも請求者それ自体は同一人である。)、もしこの見解がいれられるものとすれば、当該再審請求事件は、有罪の言渡しを受けた各本人の死亡によつても当然終了することなく、手続は引続き進められることになろう。しかし、それは、やはり、刑訴法四五一条があるからではなく、このばあいには本人の死亡にもかかわらず再審請求者そのものが現実に存在しているという理由によるものと解する。
そこでさらに進んで、有罪の言渡しを受けた者が再審請求をしたのち、再審請求に対する裁判前に死亡したばあい、その配偶者らに再審請求をした者の地位が承継されると考えることができるかどうかを検討してみる。何らかの形でこの承継の観念が認められれば、再審制度の特殊性と訴訟経済の立場からみて、それは望ましいことにちがいない。しかし遺憾ながら刑訴法には地位の承継を認める根拠になるような規定は見当らないし(刑訴法四三九条一項は請求権者を一号から四号まで並列的に掲げているが、それは、これらの者の間、ことに二号および四号に掲げる各請求権者相互間に地位の承継ないし手続の受継を認める趣旨とは解されない。)、また、有罪の言渡しを受けた者の名誉回復という再審制度の特殊性を強調して考えてみても、再審請求につき民事訴訟のように権利ないし訴訟物の承継という観念を実体的に構成することは困難のように思われる(福岡高裁、昭和三八年三月一五日決定、下級裁判所刑事裁判例集第五巻第三・四号、二一〇頁参照)。もつとも刑事訴訟に関連する分野においてもたとえば刑事補償法による補償金請求権のように訴訟物的な実体が観念されるようなばあいには、手続の受継ということも比較的容易に認められるが(同法一八条参照)、これを根拠にして再審請求の分野にまで受継の観念を拡大することはいささか無理であろう。また、ドイツ刑訴法三七一条の解釈として、再審手続の進行は請求者の存在することを前提とするとの建て前をとりつつ、有罪の判決を受けた者自身が再審の請求をしたのち再審開始決定前に死亡したばあいに他の請求権者が本人に代つて引続き手続を追行することができるとの見解もあるようであるが、(もつとも、それらの説によつても、他の請求権者によるこの受継ぎがなされないばあいには、手続は本人の死亡と同時に終了するものとされている。)、ドイツ刑訴法にはともかく三九三条に私人起訴原告死亡のばあいについての受継の規定があるから、それとの関連において再審請求についても右のような解釈が可能になるとも考えられるが、何らこのような規定のないわが刑訴法の再審の請求についてこの見解をそのまま移入することにはやはり難点があるようである。弁護人側け、本件のように有罪の言渡しを受けた者が再審の請求をしたばあい再審請求に対する裁判前にその者が死亡しても、それによつて再審の手続には何らの影響を及ぼすものでないとの建て前を前提として刑訴規則二八六条の適用につき、刑訴法四三九条一項四号に定める本人と特定の身分関係にある請求権者に対し、当然に、死亡した本人に代つて意見を述べるべき地位を認めるのが再審制度の本質に鑑み、最も妥当かつ公正な解釈であるとし、裁判所は、再審の請求について決定をするばあいそれらの者の意見を聴くべきであり、かつこれをもつて足るものと述べている。これはたしかに傾聴に値いする所見ではあるが、叙上のとおり、再審請求に対する裁判前の手続段階においては請求者の存在することが必要不可欠の要素であり、しかも、立法論としてはともかく、少なくともわが現行刑訴法の解釈としては再審請求者本人の地位の承継ないしその手続の受継の観念をいれる余地がないものと解せざるを得ない以上、右所論には遺憾ながらにわかに賛同することができない(むしろ、再審請求人竹内景助の死亡後、適当な時期に、他の再審請求権者から再審の請求をして、実質上、死亡した再審請求人竹内の地位を承継したと同様の結果を生ずる措置をとるのが、現行法の建て前としては妥当な筋道ではないかと考える。)。なお、本件については、冒頭記載のとおり、請求者本人によつて多数の弁護人が選任されている。そして刑訴法四四〇条二項によれば、再審請求者のした弁護人の選任は、再審の判決があるまでその効力を有するのであるから、それにもかかわらず請求者の死亡によつて再審の手続そのものが終了するというのは矛盾した見解であるとの意見もあるいはありうるかと思うが、とくにこの規定がおかれたのは、確定判決後においては公訴提起の前後によつて区別している総則の規定の適用がないからであつて、再審開始決定後も再審の判決があるまで請求時の弁護人選任の効力が存続するとした点にその規定の意味があり、再審開始決定前に請求者本人が死亡したばあいにまで適用される趣旨のものとは解せられないのであるから、弁護人が選任されているときとそうでないときとによつて結論に差異は生じないのである。
以上の次第で、本件再審請求に対する裁判のなされない前に請求者である竹内景助が病死してしまつたことは、その請求の当否は別として、本人にとつてまことに心残りのことであつたろうとは思われるが、それはさておき、同人が死亡した以上それによつて本件再審請求事件の手続は実質上終了したものと解せざるを得ないのである。したがつて、請求者死亡のばあいに関する規定のない現行刑訴法下における本件の措置としては、これについて別段の裁判をする必要もなく、ただ死亡者の除籍謄本を編綴するなどして、記録上その旨を明らかにしておけば足りるとの見解もありうると思うが、しかし、再審申立書や再審申立理由補充書などは現に本件記録に編綴されているうえに、弁護人側では請求者竹内景助の死亡によつて本請求事件は終了したのではないといつて争つているのであるから当裁判所としてもその見解を何らかの形で手続面に反映させておく必要があると考える。しかし、刑訴法には前記のとおり本件のように請求者死亡のばあいに関する規定はないし、また、このばあいに同法四四六条を準用することは同条の律意に鑑み妥当でないと思われるので、決定をもつて本請求事件の手続が請求者竹内景助の死亡により終了した趣旨を確認し、これを明確にしたわけである。しかし、本件は、実質上、これで終止符が打たれたものではない。今後他の請求権者の同一理由による新たな再審の請求を妨げるものでないことはもち論、そのような請求があつたばあいに、死亡した再審請求人竹内景助および同人の弁護人らの作成提出した幾多の書類は、当然、裁判所のする取調べのための資料となることはいうまでもない。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 樋口勝 関重夫 小川泉)